小田川城

2005.-1.-4
一部追記:2005.-1.30

 「小田川城」は,一部のマイナー指向の方には有名な.羽柴誠三秀吉氏が経営する「小田川温泉ホテル」やその本人の居住する自宅などの一帯をさします.場所は青森県北津軽郡金木町のこのあたり(なにせ記憶が既に曖昧なので…)にあります.

 で,2001年に青森に住んでいたころに一度,冷やかしでここへ行った(宿泊なんかしてませんが)ことがありまして,今回そのときの写真が発掘されたので,ここに記録しておこうと思った次第です.


 付近の道路から見た小田川城です.

 敷地への入り口付近には,正門入り口の立て看板がありまして,小田川城の由来などがまことしやかに書かれてます.

〔小田川城の由来〕
 一五七九年,(天正七年)羽柴筑前守,秀吉は,
織田信長の命を受けて,奥州,津軽地方 喜良市部落の
山林「大判沢」と言う所に金採掘の為,
総勢一万三千五百人の兵を連れてやって来たという.
 その時,喜良市と嘉瀬の間の小田川山に出城をかまえて
小田川城を築城,金採掘の為に小田川城から司令を出し,
金山採掘の人夫達の宿泊の場となったのである.
 その時,羽柴秀吉は喜良市部落の酋長,喜良市三上佐助
高敏の長女,とら姫と縁を結び,その長男は羽柴と三上の
二つの姓を名乗り,津軽の守護代として,数百年続いたと
いう説である.
 現在は,一七代城主,羽柴誠三秀吉の手により
平成二年,七月二五日 小田川城を復元したのである.

              小田川城主 羽柴誠三秀吉

 とりあえず,全文を転記しておきます.(笑)

 立て看板の所から入ると,そこは小田川藩の領地らしいです.ホテルへ通ずる国道1号線(単なる農道)の標識.

 さらに国道を進んでいくと,城門があります.

 城門を入って,そびえる小田川城天守閣.さも勇敢な城主かと思いきや,いつぞや強盗に入られたときは怖くて手足が震えて何も出来なかったらしい.

 こちらが,小田川温泉ホテルの全景.小田川藩の国会疑似議事堂らしい.正面入り口には「内閣総理大臣 羽柴誠三秀吉」の文字が見えます.

 よく見るとしゃちほこがのっていたり.


 写真は以上.たしか,ホテルの送迎バスの車庫が「運輸省」とか書いてあって,その隣の倉庫が「ミサイル基地」だったような.

 ちなみにこの羽柴誠三秀吉,青函トンネルのズリ運搬で一山あてたんですよね.それと,実子は三上やまと.


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