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2005年11月19日

構造計算書の偽造

たまには真面目なことを書いてみる.

千葉県の姉歯建築士によって,耐震性能を落とした構造計算書によってマンションやホテルが設計・施工されていた件である.ニュースによれば,正規の数値を用いて計算させたものと,設計時に想定する地震動を0.5倍に落として入力・計算されたものの2種類の構造計算書をつくり,これらを組み合わせて1つの構造計算書を造りだしていた,というもの.
自分は土木屋であるが,構造計算書をチェックする機会もあることから,他人事とは言えない.そんなわけで,今回の問題を少し考察してみたい.

通常,構造計算書は,(1)設計にあたっての条件と入力数値のパート,(2)計算過程のダイジェストと計算結果をまとめたパート,そして(3)電算による計算結果一覧のパートになっているのが主流で,1冊の計算書の8割以上は(3)の電算による計算結果一覧となる.
計算結果一覧は,コンピュータで計算させたものをそのまま出力したもので,数十~数百ページにわたってひたすら数字の羅列になる.そんな計算書であるから,設計内容を確認する場合(内容を確認している場合で,という意味.何も見てないケースも大いにあり得る.)には,入力した各種の数値が仕様書をはじめとする各種規程類および現地の設計条件に見合うものであるかの確認が主となり,入力値が正しく,さらに構造計算に使用しているプログラムが仕様を認められた物であれば,計算結果は正しいという前提で行う.

今回の姉歯建築士が行った構造計算書の改ざんは,この確認方法の虚をついたもの,という事が出来る.つまり,事前に用意した正しい計算書と正しくない計算書のうち,正しい計算書の入力条件に関わる部分(電算出力結果のうち,入力値の部分を含む)と,正しくない計算書の計算過程のダイジェストと計算結果をまとめたパート,それに電算出力結果の大部分を組み合わせたものと推測される.

これを見抜くには,実際に設計計算過程をすべて再現しながら確認すれば,出力結果が異なるはずなので容易に見抜けるが,実際に行うには非常に時間を要する.設計1件だけを確認すればよい場合にはそれも有りだろうが,今回設計内容の確認業務を行ったという確認機関などでは,数多くの設計を短期間に確認せねばならないため,そのような設計の再現を行う余裕はないはず.そうなると,前記の通り,入力条件と使用したプログラムを確認して問題がなければOKという方法に落ち着かざるを得ないのが現状だろう.

つまり,入力値と出力値の整合性については,技術者の倫理に委ねられているのが現状と言える.このような設計を請け負う者の資格要件として,高い倫理観を持っていなければならないはずであるが,今回の姉歯建築士へのインタビュー中で当人が言っていた「建築士の世界も競争社会で,仕事を取らなければやっていけない…」という一言が,まさにこの問題を言い当てていると思う.つまり,その程度の1級建建築士が少なくない数で存在するであろう,ということである.
もちろん,高い倫理観を持って仕事をされている建築家の方が大多数であろうし,またそうあって欲しいと願うが…

もう一つ自分が大いに問題と思う点は,これら一連の業務に関わるすべての技術者の技術レベルの低下である.様々な場面で図面を見る機会があるはずなのに,誰一人として「何となくおかしい…」という違和感を抱くことが出来なかったのか,という点である.マンションやホテルを建設するうえで,施工場所の地盤や建築物の規模によって基礎の形状や規模も変わるはずであるが,たいていの場合は「このくらいの建築物であれば,基礎はこの程度,柱や壁面の鉄筋数量はこのくらいで…」という目安があるはず.建築(土木も似たようなもの)の仕事をやっていれば,漠然とした形であっても身に付きそうなこれらのスキルが失われているのか… と思うと,この先日本の建設業界(土木や建築)は技術的に先行き暗いなぁ,と思わざるを得ない.「電算出力した結果の設計だからこれで絶対なんだ」と思わずに,やはり建築・土木の基本である「図面がすべての原点」という言葉の意味を,もう一度あらためて考える必要があると痛感する次第である.
また,このような違和感を感じていた,あるいは明らかに設計内容がおかしいと判っていながら,「図面通り施工すれば自分の責任ではない」「コストアップになることを自分から言い出すべきではない」などと考えたりしていたのであれば,それも技術者の倫理観を疑う話になる訳で,これもまた大きな問題としていかねばなるまい.

今回の件では,実に多くの問題が提起されていると考える.
 ●技術者の倫理をどのように評価し,社会に対して保証するか?
 ●要求される確認件数を保持しつつ,設計内容の確認を確実に行う方法とは?
 ●いわゆる「プロ」的な技術者が減る中で,技術力の継承をどのように行うか?
 ●どれだけの技術者が設計内容(図面等)を真剣に確認しようとしているか?
ほかにも色々あるのだろうけど,大きな問題としてはこのあたりではないかと思う.自分も土木屋であるが,このような問題の中にいる一員として,考えなければならない立場にある.いますぐいい答えが浮かぶとは思えないけれど,自分なりに考えていこう…

投稿者 とざわ : 2005年11月19日 20:31

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コメント

やはり,いろいろな意味でチェック機能は必要ってことですなぁ.
単純ミスのチェックもあれば,組織的な隠蔽や裏工作や偽装のチェックも必要…

投稿者 とざわ : 2005年12月05日 22:51

とある工事費の積算をやり終えて決裁をもらうために上司の所へ持っていったところ、隣の工区の同じ設計のものと比べて1割以上も安いという事実が発覚。絶対おかしいと言われて改めて積算に使った数量表をチェックしたところ、鉄筋がゴッソリと半分ほど抜けてました。チェックに立ち会ってもらった係長から「こりゃ姉歯のやった積算だな」というツッコミが(笑)。私の場合は数値の入力ミスによるものですが、やはりチェック機能は重要ですね。某消費者金融のCMでも熊田曜子が「ちゃんと確認しなきゃー」と言ってることですし。

投稿者 MasAka : 2005年12月05日 00:18

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